Living as the Sun — A Quiet Resistance to Division and Efficiency

俺はもう、誰かや世の中を批判したり、批判的に考えたりするのをやめようと思う。

それで、今世の中に蔓延る、大衆煽動のテクニックを利用したマーケティング手法に対抗するのは、時間もかかるだろうし、根気もいるだろう。

言わば、効率主義・合理主義とは、正反対の理屈にはなる。

しかしやはり、その、効率化という蜜の味に魂を売ってしまったら、人間というものがどんどんダメになってしまうのではないかという自分の中では強い懸念がある。

俺はここ数年、世の中に蔓延る絶望や分断、そして自分と世の中との分断、自分の世の中に対する絶望を解消したいと願ってきたわけだが、それでもやはり、人間一人ひとりが持つ野生のエネルギーが好きなんだよ。きっとそれが俺にとって、ある種の美意識に近い。内的なエネルギーの高さというのは、必ず表出してると思う。上っ面だけの中身の伴わない造形美には、あまり惹かれない。

それって別にアーティストだけが持ってるものじゃない。生まれながらにみんな持ってるんだけど、発現度合いについてはかなり個人差はあるから、それこそ、それが強すぎるがゆえに社会から抑圧されて苦しんでる人もいっぱい見てきた。「アルジャーノンに花束を」のチャーリーゴードンのように。そしてそういう人を見ると、たまらなくなってしまう。

それは効率主義とか、合理性とか、強いてはAI全盛などという社会だと、生きる場所が少ないのだと思う。それらの根本にあるのは、行き過ぎた拝金主義や物質主義、そして、自己保身主義になるだろう。

もちろん俺もAIはかなり使っているのだけれど、何でもかんでも代替可能であるとは思っていないし、そうなってほしくはない。

そういった人間の本来のポテンシャルを目覚めさせられるような、可能性を追及していきたいし、それを伝えていく上で俺は北風ではなく、太陽になりたいと思う。

啓蒙=Enlighteningという言葉がまさにそれを示している。

生まれつきの障害なのか、人には誤解されることも多いし、全然、器用でもないのだが、それでもまだ諦めてはいないし、やれるだけの自己変革には取り組みたいと思う。

どこまでやれるかはわからないが、やるしかない。

世の中や周りの人たちをそのまま受け止められるのも強さなのだろう。

自分の場合はまだラッキーなことに、人には恵まれている方だと思ってるから。

そしてその上であれば、何か非暴力的な形で、何かを伝えられることもあるかもしれないと、そのくらいの悠長さが必要なのだろう。

親譲りの自分の中の強すぎる闘争本能は、創作と自分自身に対してのみ、向けることとしよう。

おそらくその先にしか、世界平和は存在しない。

2025.7.21 Dan Mitchel

「Chat GPTによる翻訳」

太陽としての生き方 〜分断と効率主義への静かな抵抗〜

俺はもう、誰かや世の中を批判したり、批判的に考えたりするのをやめようと思う。

否定の言葉で世界とつながろうとしても、結局また分断を生んでしまう気がするからだ。

今、世の中に蔓延するマーケティング手法には、大衆煽動のテクニックが多く使われている。

人々を「効率」や「合理性」という蜜で引き寄せるその手法は、ある意味で洗練されているが、俺にはどうしても、そこに魂の不在を感じてしまう。

効率主義と合理主義――その行き着く先が、AI全盛の時代なのかもしれない。

しかし、人間とはもっと不器用で、混沌としていて、だけど本来、すさまじいエネルギーを秘めているはずだ。

それが俺にとっての「美意識」だ。野生のような、人間が本来持っている生命力。内的なエネルギーの高さは、表情にも、声にも、言葉にも、必ず表れる。

アーティストに限らず、誰もが生まれながらにそれを持っている。

けれどその力が強すぎるがゆえに、社会の「合理性」の中で押し殺され、苦しむ人も多い。

『アルジャーノンに花束を』のチャーリー・ゴードンのように。

だからこそ俺は、そんな人たちの居場所を、そしてその可能性を照らしたい。

北風ではなく、太陽として。

批判や正しさの主張ではなく、温かさと共感によって。

それが「啓蒙=Enlightening」の本来の意味ではないだろうか。

俺自身、不器用だし、誤解されやすいし、生まれつきの特性もある。

でも、それでもまだ、諦めたくはない。

闘争心はある。でもその闘争心は、他者や社会に向けるものではなく、創作と自己変革に向けようと思う。

どこまでできるかはわからない。

けれど、やるしかない。

その先にしか、きっと本当の意味での平和はないから。

人を受け入れる強さ。

違いを抱きしめる優しさ。

そして、自分自身を変えていこうとする静かな意志。

それを忘れずに、今日もまた、太陽でありたい。

Living as the Sun — A Quiet Resistance to Division and Efficiency

Dan Mitchel, July 21, 2025

Translation: Faithful to original Japanese

I’ve decided to stop criticizing others or the world.

Because trying to think critically or negatively only seems to deepen division.

Confronting marketing methods that make use of mass-manipulation techniques—now rampant in society—will likely take time and patience.

You could say this approach is the complete opposite of efficiency or rationalism.

Still, I have a deep concern within me that once we sell our souls to the sweet taste of “efficiency,” humanity itself will deteriorate.

Over the past few years, I’ve been wishing to dissolve the despair and division that fill the world,

the division between me and society,

and my own despair toward the world.

Even so, I still love the wild energy that each human being carries.

To me, that’s something close to an aesthetic sense.

The intensity of that inner energy always appears outwardly.

I’m not drawn to superficial, shapely beauty that lacks substance.

That’s not something only artists possess.

Everyone is born with it.

But the degree to which it manifests varies greatly,

and I’ve seen many people suffer—precisely because that energy is too strong and gets suppressed by society.

Like Charlie Gordon from Flowers for Algernon.

When I see people like that, I can’t bear it.

In a society obsessed with efficiency, rationality, and the dominance of AI,

there’s little room for such people to live freely.

At the root of all this may be extreme materialism, capitalism, and self-preservation.

Of course, I also use AI quite a bit.

But I don’t believe everything can be replaced by it,

nor do I want that to happen.

I want to pursue possibilities that awaken the true potential of human beings.

And in delivering that message,

I want to be the Sun, not the North Wind.

The word Enlightening says it all.

Maybe I was born with it,

but I’m often misunderstood,

and I’m not good at handling things smoothly.

Even so, I haven’t given up.

I want to engage in self-transformation as far as I can.

I don’t know how far I can go,

but I have no choice but to try.

Accepting the world and others just as they are—

that, too, must be a kind of strength.

Fortunately, I believe I’ve been blessed with good people in my life.

With that in mind,

maybe I can communicate something—

in a nonviolent way.

Perhaps that kind of gentle patience is exactly what’s needed.

The overly strong fighting spirit I inherited from my parents—

I’ll direct it solely toward my own growth and my creative work.

Because perhaps only beyond that lies world peace.

Living as the Sun — A Quiet Resistance to Division and Efficiency

Dan Mitchel, July 21, 2025

Translation by ChatGPT

I’ve decided to stop criticizing others or the world around me.

Because trying to connect with the world through words of negation only seems to breed more division.

Today’s marketing strategies are riddled with techniques of mass manipulation.

They lure people in with the sweet promise of “efficiency” and “rationality.”

It may be sophisticated in form—but to me, it feels devoid of soul.

Efficiency. Rationalism. Perhaps they are what lead us to the age of AI dominance.

But human beings are far clumsier, more chaotic—and yet, bursting with untapped energy.

That raw energy, to me, is a kind of aesthetic.

It’s the wild vitality every person is born with.

And that intensity always manifests—through our expressions, our voices, our words.

It isn’t something unique to artists.

We are all born with it.

But I’ve seen so many people suffer because that energy, too strong for the system, gets suppressed in the name of “rationality.”

Just like Charlie Gordon in Flowers for Algernon.

And when I see people like that, something in me aches.

In a society that idolizes efficiency, reason, and the supremacy of AI,

those people have fewer and fewer places to live freely.

At the root of it all may be an excess of materialism, greed, and self-preservation.

Of course, I use AI too.

But I don’t believe everything can—or should—be replaced.

And I don’t want that future.

What I do want is to awaken that dormant potential within each of us.

And if I’m going to try to convey that,

then I don’t want to be the North Wind—I want to be the Sun.

That, to me, is what “enlightening” truly means.

I may be awkward. I’m often misunderstood.

Maybe it’s something I was born with.

But I haven’t given up.

And I still want to try—

to transform myself.

I don’t know how far I can go.

But I know I have to try.

Accepting the world and those around me as they are—

maybe that’s a form of strength, too.

And luckily, I’ve been blessed with good people in my life.

If I build on that foundation,

maybe—just maybe—I can still share something.

Something nonviolent. Something warm.

That kind of patience might be exactly what we need.

The fierce instinct to fight that I inherited from my parents—

I will turn it inward, toward my own growth and my art.

Because I believe—

true peace exists only on the other side of that struggle.

NVC

NVC私的まとめ

ポイントその1

一切の診断や評価を交えずに、行動を定義する

その2

自分の感情を表現するときは、その感情の原因が自分のニーズにあることを明確にするような言葉を添えることが、きわめて重要なのです。

その3

人々がお互いを診断し合う状況を乗り越えて、ニーズのレベルで互いの内面につながるような支援ができたとき、いつも驚くべき変化が起こるのです。それが始まれば、対立はほとんど自ずから解決するかのように動き出すのです。

その4

「自分の望むことを相手がするなら、その理由はどのようなものであってほしいのか」

その5

明確なリクエストを提示したあとには、それが強要と受け取られないように気を配る必要があります。すでに述べたとおり、「批判」という、相手の誤りをほのめかすようなやりとりは、こちら側のニーズを満たさないコミュニケーションになってしまうでしょう。そして「強要」は、人間関係に破壊的な結果をもたらすもう1つのコミュニケーションなのです。

その6

求められる結果が重要なほど、強要しないことが大切です。
相手に「これはお願いなんだ」と信用してもらうためには、まずは相手が「そのリクエストに対して異議を唱えたとしても理解してもらえる」と確信する必要があるのです。

その7

自分の行動からできるかぎりの学びを得る方法が、2つあります。1つ目は、自分の行動によって満たされなかったニーズに気づくこと。2つ目は、その行動によって満たそうとしていたニーズに意識的であること。この2つのニーズに気づきの意識を集中していられたら、自尊心を失わずに自分の至らなさから学べるようになるでしょう」

その8

自分に共感する力が、他者への共感の土台になる。自分の至らなさから学ぶには、罪悪感や自己否定ではなく、共感が必要。自分を「おかしい」と思い続ける限り、他人にも同じような判断を向けてしまう。

その9

自己共感ができれば、 「満たされなかったニーズ」「満たそうとしていたニーズ」の両方が見えてくる。ニーズに意識を向けることで、自尊心を保ちながら成長できる。他人を評価・非難する癖からも自由になれる。

その10

通常の「謝罪」は、自己否定という暴力的なゲームに過ぎない:多くの謝罪には、「自分は責められて当然」「自分はひどい人間だ」という自己嫌悪の構造が含まれている。「十分に自分を責めたら許される」という形の謝罪は、真の癒しにはつながらない。

その11

真の癒しは、「ニーズ」につながったときに起こる。自分の行動によって満たされなかったニーズに気づくとき、初めて学びと癒やしの苦しみが生まれる。それは、罪悪感や自己憎悪ではなく、本質的な痛み(自然な苦しみ)であり、自己共感と成長の源となる。

その12

共感とは、「理解」ではなく「つながり」である。相手の中にある美しさ・生命力・神聖なエネルギーを感じ取ること。“ともにいること”。つまり、「今ここ」に完全に存在することである。相手を「分析」しているときは共感できない。知的理解ではなく、現在の感情やニーズに寄り添う心の姿勢が大切。

その13

他人の評価や判断には耳を貸さないこと。相手の言葉の背後にある「感情」と「ニーズ」に意識を向けること。共感とは、相手の中に流れるエネルギーとともにいる体験。それは神聖で崇高なつながりである。この共感的つながりがあれば、どんな対立でも全員のニーズが満たされる解決が可能になる。

その14

文化や価値観の違いがある相手にも、NVCによって共感し、平和的に関係を築くことができる。敵対的な対応よりも、共感に基づいた外交的姿勢の方が効果的である。

その15

わたしはこういう癒やしのワークをする際に、自分が演じる人物の内面で何が起きているかを、頭で考えようとはしません。代わりに、自分をその立場に置き、もし自分がそのようなことをしたなら、そのときに内面で息づいていたと思われるものを言葉にするのです。この女性がそれに耳を傾けることができたとき、あれほど苦しんだ経験に対してようやく、驚くほどの癒やしが起こったのです。

その16

すべての言葉や行動の奥には、「美しいニーズ」という歌が流れている。たとえそれが怒りや沈黙、拒絶のかたちを取っていても、その背後には「わかってほしい」「大切にされたい」「安心したい」といった純粋で神聖な願いがある。共感とは、その“内なる歌”を聴き取ること。相手の言葉に反応せず、心の奥底に流れている「美しさ」に耳を澄ませるとき、私たちは本当にその人とつながることができる。

その17

共感とは、相手の意見に同意したり、好きになったりすることではない。今この瞬間、相手の中で何が起きているのかに“誠実に関心を寄せること”。存在そのものを差し出すことが最大の贈り物になる。相手と真に「つながる」には、評価や判断を保留し、ただ一緒に「そこにいる」覚悟が必要。

その18

わたしたちが、自分であれ、他者であれ、社会的にであれ、何らかの変化をもたらすために真の意味で力を持つためには、『どうすれば世界は今よりよくなるか』という意識から出発する必要があるんです。相手には、今より少ない代償で自分のニーズをよりよい形で満たせる方法がある、ということをわかってほしいのです

その19

1万年前、人類は「善人が悪人を成敗することが善である」という神話を形成し、それが支配的社会(支配者が他者をコントロールする社会)を正当化する思想基盤となった。この社会では、人々に「自分のニーズを持たないことが美徳」という考え方が植えつけられ、女性は家族のために自己犠牲を強いられ、男性は国家のために命を差し出すようになる。そして報酬と懲罰を正当化する「報復的正義」が司法制度に組み込まれていった

その20

「報酬や懲罰に値する」という考え方に基づいた“報復的正義”の思想が、現代における暴力の根源となっている。専制的な体制を維持するためには、人々に「善悪」や「正誤」といった絶対的価値観を信じ込ませ、それを判断する権限はヒエラルキーの上位者にあると教え込めばよい。こうして人々は、自分より上にいる者からの評価を気にするようにプログラムされていく。

その21

支配的な体制は、人々が自己や他者の内面とのつながりを断ち、代わりに外部からの評価ばかりを気にするように仕向ける。その結果、人類は思いやりよりも評価と判断を重視する言語や思考法を発展させ、共感的なつながりが失われていった。

その22

他者からの評価を重視する文化は、人間同士の思いやりと内面のつながりを弱めてしまう。

その23

ギャングとは人々が嫌がる行動をとる集団とすれば、最も恐ろしいのは、「多国籍企業」や「政府」という名のギャングであり、彼らは学校教育を通じて、報酬のために働く従順な労働者を育てようとしている。彼らの目的は、生徒たちを将来、意味のない作業を長期間続ける労働者に仕立て上げることにある。

その24

この批判は、従来の教育や社会システムが個人の自由や本質的な価値観を抑圧し、支配に従わせる構造になっているという問題提起でもあります。

その25

学校制度は、経済構造という「ギャング」の意図に沿って設計されており、次の3つの目的を持っている:
1. 権威への服従を教えること
2. 報酬(給料など)のために努力する人間を育てること
3. カースト制度を維持しつつ、それを民主主義のように見せかけること

この構造は、個々の教師や学校が悪いのではなく、全体の経済システムが人を従順で疑問を持たない労働者に育てようとする仕組みになっていることが問題の本質だと指摘している。

本当に子どもの幸福を願うなら、単なる学校改革では不十分で、教育を取り巻く社会全体の構造そのものを見直す必要があると強調している。

その26

今や誰もが、この国の司法制度の一部である懲罰的な構造の失敗について気づいていることを願っています。必要なのは、報復的司法から修復的司法へのシフトなのです。

その27

NVCのトレーニングの目的は、参加者が「内面の変化」だけでなく、「外の世界も自分たちの力で変えられる」という実感を持ち帰ることにあります。

そのための第一歩は、「敵のイメージ(エネミー・イメージ)」から自分を解放することです。
これは、「相手は間違っている」「異常だ」という思い込みを手放し、相手もまたニーズに動かされている存在だと認識することを意味します。

現実には、人々は自分のニーズを明確に語ることは苦手なのに、相手を批判する(=診断する)ことには長けている。その結果、対立は激化しやすくなります。

しかし、相手を悪と決めつける思考から抜け出せたとき、初めて共通のニーズに気づき、解決に向かう道が見えてくる。
これは、どれほど深刻な対立や敵対関係においても適用できる、人間的なつながりの回復方法だとされています。

その28

NVCは、「暴力の抑制」ではなく「暴力が必要なくなる世界」を目指す方法論。
テロリストや加害者とされる人々さえも「人間としてのニーズを持つ存在」と見なすことが、真の平和への出発点になる。

その29

🔷 テロリズムとNVC

◆ 相手を「テロリスト」と見なすことの問題
• 相手を「テロリスト」と決めつけ、自分を「正義の味方」と見なす限り、対立は解消されず、暴力の連鎖が続く。
• 相手が行った暴力の根底には、「満たされないニーズ」があるという視点を持つ必要がある。

◆ 共感の出発点
• 過去にテロ行為に至った人々も、初めは穏やかな方法で苦しみを訴えていた。
• その声が無視・抑圧された結果、過激な手段に至ったという歴史的背景がある。
• 「敵のイメージ」から抜け出し、相手のニーズに共感することが第一歩。

🔷 行動の前にすべきこと
• 相手の行動が自分に与えた痛みを見つめ、自分の満たされないニーズを言語化する。
• 共感を通じて、双方のニーズを平和的に満たす方法を探る。

🔷 「絶望のワーク」
• トレーニングではまず、自分の内面にある「敵イメージ」や痛みと向き合い、どんなニーズが満たされていないのか明らかにする。
• 敵対的な感情を持ちながらは、真の共感も変革も起こらない。

🔷 構造的変革のアプローチ
• 相手が政府や多国籍企業といった「巨大ギャング」であっても、破壊ではなく「内部の人との共感的なつながり」を通じた変革が目指される。
• 相手のニーズを一緒に明らかにし、代償が少なく効果的な方法でニーズを満たす手段を一緒に模索する。

🔷 変化を起こす力の源
• 構造的な変化には、「数の力」と「共感の連鎖」が必要。
• 多くの人が「今のやり方より良い方法がある」と気づいたとき、社会は動く。

🔷 ルーミーの言葉とNVCの本質

「まちがった行い、ただしい行いという思考を超えたところに、野原が広がっています。そこで会いましょう」• 善悪の二元論を超えて、ニーズとつながることで見える世界がある。 • 怒りや暴力の裏側にあるニーズに触れると、人は「対立ではない道」を選べるようになる。

✅ 結論

NVCは、「暴力の抑制」ではなく「暴力が必要なくなる世界」を目指す方法論。
テロリストや加害者とされる人々さえも「人間としてのニーズを持つ存在」と見なすことが、真の平和への出発点になる。

その30

社会の変化を促すときに重要なのは、同じようなビジョンを持つ人たちとつながることです。変化に取り組むチームの初期に起こりやすいのが、メンバー同士の対立です。わたしたちは、とかく、チームワークに適さないスキルを身につけてしまっています。

その31

相手が個人であれ集団であれ、わたしたちが何かを伝える際には、相手に求めている反応を明確にしておくことが重要です。明確なリクエストをせずに自分の苦痛や考えを表現すると、非生産的な話し合いにつながりやすい

その32

人は役所のような「構造」に属する相手を、人間として見ることを忘れがちであり、相手も構造的な言葉(お役所言葉)で応じがちです。NVCを用いれば、どんな構造の中でも相手を一人の人間として見て、背後にあるニーズに耳を傾けることができるようになります。社会変化を実現するには、構造の内部にいる人を敵とせず、双方のニーズを尊重しながら根気強く対話を続け、協働できる関係性を築くことが重要です。

その33

社会を変えるプロジェクトへの支援を求めるときには、最初に、こちらが取り組もうとしている変化を支援したいかどうかを判断するうえで、わたしから何を聞く必要があるかを相手が見いだせるように、状況を整えます。

その34

たとえ時間が限られていても、自分から一方的に話すのではなく、相手に必要なことを質問してもらう方が、結果的に有益な対話になる。
今回は5分で意思決定を求める場面で、事前に「何を聞けばいいか」と尋ねたところ、相手からの質問が40分も続き、深い理解と有意義なやりとりが得られた。

その35

社会を変えようとする人ほど、自分の内面と向き合う必要がある。
対立する相手に対して強い怒りや偏見を抱えていると、相手を「人間」として見ることが難しくなる。そのような感情や思い込みに気づき、自分自身の内面を見つめ直すことは、対話や協働の前提となる。「絶望のワーク」のように、内面的な痛みや固定観念に向き合うプロセスを通じて、精神的な土台を整えることができれば、より力強く持続可能な社会変革につながっていく。

その36

思いやりは宗教の仕事ではなく、人間の仕事である。贅沢品ではなく、わたしたち自身の平和と精神の安定を支える必需品なのだ。思いやりは人の存続のために絶対にかせない。

その37

社会を変えようとする活動において最も重要なのは、まず自分自身の内面と向き合うことである。私たちは対立する相手に対して怒りや偏見を抱きがちだが、その感情に気づかずに行動すれば、対話や協働はうまくいかない。変化を望むなら、まず自分の「絶望」や「痛み」と誠実に向き合い、相手を“敵”としてではなく、ひとりの人間として見る努力が必要となる。

その38

共感をもって相手の背景やニーズに耳を傾けることで、たとえ対立的な立場であっても、信頼や変化の可能性が生まれる。このとき大切なのは、「相手を打ち負かすこと」ではなく、「自分が目指す世界の美しさに基づいて関係を築こうとする姿勢」である。誤解や裏切りのリスクがあったとしても、対話によって築かれるつながりには、社会を前進させる力がある。

その39

組織や職場での対立の多くは、「立場」や「意見」の衝突ではなく、認められたい・尊重されたいという
感情やニーズが満たされていないことから生じている。

しかし、職場では感情を語ることがタブー視されやすく、それが対話の不全や関係の悪化を招いてしまう。
真に生産的な話し合いを成立させるには、論理的議論だけでなく、互いの「感情」と「根底にあるニーズ」に耳を傾け、
それを尊重し合うプロセスが不可欠である。

その40

多くの企業では、社員が感情やニーズのレベルで話し合うことは困難であり、人間らしさが軽視されがちである。
組織の文化が「生産第一」で固定されていると、感情や人間性は無視されやすくなる。
しかし実際には、社員が自分の感情とニーズを理解されていると感じられるときにこそ、生産性も向上する。

その41

評価を交えずに観察する能力は、人間の知性として最高のあり方

その42

批判を交えずに行動を評価するには、「診断」ではなく「具体的な観察」に基づく表現が必要である。

その43

社会変革の最大の課題は、対立する当事者同士を同じ場に集めることにある。
スイスのリゾートホテルでの事例では、対立するマネージャー同士が顔を合わせるのを拒んでいたため、筆者が双方と個別に会い、NVC(非暴力コミュニケーション)を用いて共感的に相手の立場をロールプレイし、その様子を録音して相手側に届けた。
この“共感の橋渡し”によって、直接対面せずとも対立は自然に解消された。
創造的な仲介が、対話の不可能を可能にする鍵となる。

その44

感謝は、社会を変えるエネルギーの源であり、人の内にある神聖な力を呼び覚ます。
怒りや正義感ではなく、「命に貢献する喜び」から力を発することこそ、深い変革を支える。

その45

称賛や褒め言葉であっても、評価を通じて人を操作することは、真のつながりや自発性を損なう「見えにくい暴力」になり得る。

その46

NVC(非暴力コミュニケーション)では、「称賛」や「褒め言葉」であっても評価的な言葉は避けるべきだとされる。
なぜなら、それらは一見肯定的でも、相手を一定の枠で判断・操作する行為であり、否定的なレッテル貼りと本質的には同じ構造を持つからである。

「優しい人」「よくやった」などの表現は、相手を非人間化し、その本質ではなく評価された行動に縛りつけてしまう。称賛が「ご褒美」として機能すると、相手は操作されていると感じ、生産性や本来の意欲が下がるリスクがある。

これは「報酬」も「懲罰」も、人をコントロールする同じ種類の暴力であるという認識と通じている。
NVCが目指すのは、「相手を支配する力(パワー・オーバー)」ではなく、共に在る力(パワー・ウィズ)であり、それは心の底からのつながりと感謝に根ざしたものである。

その47

日々の生活が幸せだから感謝するのではない。感謝するから幸せになるのだ。そのことにわたしたちは気づかなければならない。

その48

NVC(非暴力コミュニケーション)において感謝とは、「相手の行動によって自分の人生がどれほど豊かになったか」を伝えることであり、ご褒美や称賛ではありません。
その目的は、いのちを祝福し、人と人が本質的につながることにあります。

その49

✅ NVC式・感謝の3ステップ
1. 相手の具体的な行動
 自分の人生を豊かにした、相手の「具体的に何をしたか」を伝える
 (例:「あなたが〇〇と言ってくれたとき」)
2. そのときの自分の感情
 相手の行動によって、自分がどんな気持ちになったかを伝える
 (例:「安心した」「希望を感じた」)
3. 満たされた自分のニーズ
 相手の行動によって、どんな人間的ニーズが満たされたかを伝える
 (例:「息子とつながりたいというニーズが満たされました」)

その50

✅ なぜ「称賛」や「あなたは素晴らしい」では足りないのか?

「あなたは〇〇な人だ」という言葉は、肯定的であってもラベル化=評価にすぎず、
相手が本当に貢献したことの内容が伝わらないため、学びにもつながらず、本質的なつながりも生まれにくい。

その51

✅ 結論:

NVCにおける感謝は、「人を評価する」のではなく、「自分の人生がどう豊かになったかを明確に伝えること」であり、そこに人と人の深い信頼と喜びが宿る。

その52

謙遜する必要はありません。あなたはそれほど偉大ではないのだから

その53

多くの人々が感謝を素直に受け取ることに苦労するのは、
「自分には値しない」「謙虚であるべきだ」といった価値観を幼い頃から教え込まれてきたからである。
こうした教育は、人の内なる力や美しさを否定し、「感謝を受ける資格」や「価値」を問う評価的な思考を根づかせる。

その54

その結果、人は感謝されることに戸惑い、否定したり軽く受け流したりしてしまう。
だが本来、感謝とは「値する・しない」ではなく、誰かが誰かに与えた貢献を認め合う尊い行為であり、魂と魂がつながる瞬間である。

その55

NVCは、こうした評価の枠組みを超えて、
「自分の中の美しさや力」と出会い、それを素直に受け取る勇気を育てようとするものである。

その56

感謝を受け取るとは、自分の内なる光を恐れずに見つめ、その美しさに対して「はい」と応じることである。

その57

本書は、内面・対人関係・社会構造の3つのレベルで「いのちとつながる」実践を通じて、真の平和を生み出す方法を提示してきた。
NVCはまず、自分を責めず学びに変える内面的平和から始まり、他者との共感的な関係、そして企業・司法・政府といった構造の変革にまで及ぶ。

その58

著者は、現行の経済システムと司法制度が人類の苦しみを生んでいることを指摘し、思いやりに基づく新たな構造の必要性を訴える。
特に「修復的司法」や「生命を守る経済」の実現が、人類の進化に不可欠であるとし、それはすでに可能な地点に来ているとも述べる。

59

人間は暴力を超えて、思いやりとつながりに基づいた進化をしていける。
そしてその変化の力は、特別な人ではなく、誰もが持つ「内なる力」によって実現できる。
著者とCNVCの仲間たちは、こうした平和の知恵を広め続けることで、持続可能な未来の礎を築こうとしている。

60

平和な世界の実現には、自己とのつながり、他者との思いやり、そして社会構造の根本的変革が必要であり、その力はすべての人に備わっている。

61

NVCの中心的なエッセンスは、「人生をすばらしいものにする(make life wonderful)」というビジョンにある。
すべての行動が、自分や相手の人生をよりよいものにする意図から出ていてほしい、というのがマーシャルの願いである。

62

そのために重要なのは、2つの問い:

  1. 「今この瞬間、自分たちの内面で何が生き生きとしているのか?」(感情とニーズへの気づき)
  2. 「そのニーズを満たすために、私たちは何ができるか?」(具体的な行動)

63

そしてNVCでは、自分ひとりのニーズではなく、関係するすべての人の人生を尊重し、豊かにすることを目指す。
これは、報復的な「正しい・間違い」ゲームから脱し、全員が活かされる“人生をすばらしくするゲーム”へと移行する生き方である。

64

「〜すべき」という義務感ではなく、自分の感情とニーズに正直に耳を傾けながら選ぶ人生こそ、NVCが指し示すあり方である。
NVCを通して、自分自身と世界を新しい目で見る体験をしてほしい、というのが著者たちの願いである。

65

NVCは「正しさ」で人を裁くのではなく、「思いやりといのちへのまなざし」で、全員の人生を豊かにする選択を可能にする生き方である。

66

NVC(非暴力コミュニケーション)を実生活で使おうとしても、最初は何から始めればよいか戸惑い、実践が難しいと感じることは自然なことである。著者たち自身も、初めはうまくできなかったし、今でも試行錯誤している。

その中で見えてきた有効な実践方法は、相手と対話する前に、自分の中で何が「生きている」かを言葉にしてみること。
すなわち、まずは「自分の感情」と「満たされていないニーズ」を評価や批判抜きに見つめ、それを心の中で言語化し、味わうことが重要である。

例えば、誰かの言葉に傷ついたとき、「何が悪かったのか」と考えるのではなく、「自分は悲しみを感じていたのかもしれない」「思いやりを求めていたのかもしれない」と、自分の内面に目を向ける。
そしてその感情・ニーズをただ観察し、「自分にとってどれだけ大切なことか」に思いを馳せる。

こうすることで、批判や怒りの反応ではなく、「甘い痛み」からくる深い願いに根ざした行動が生まれ、真につながるコミュニケーションが可能になる。

67

NVCを実践する第一歩は、相手に伝える前に、自分の感情とニーズに静かに気づき、それを心の中で言葉にして味わうことである。

68

NVC(非暴力コミュニケーション)を日常に取り入れる際、感情やニーズを言葉にする余裕がない場面もある。そんなときは、シンプルに「自分(あるいは相手)にとって、今何が大切だろう?」と自分に問いかけることが有効である。大切なこと=ニーズと捉えることで、心が落ち着き、共感につながる一歩になる。

また、NVCの対話スタイルが日本文化と相容れないと感じることもあるかもしれないが、そのような文化的な振る舞いの背景にもニーズが存在するという視点が役立つ。たとえば「恥をかかない」文化には、「調和」や「受容」といったニーズが隠れている可能性がある。

さらに、NVCは「問題解決」ではなく「自然な分かち合い」が起こるつながりを重視する。
分かち合いとは、自発的な与え合いから生まれる関係性であり、無理に結論を出そうとすることではない。

学びを深めたい人は、NVCのトレーナーによるワークショップへの参加を通じて、仲間との実践的な対話の中で自然な形でNVCを身につけていくことも推奨されている。

69

NVCを日常に活かすには、「今、何が大切か?」と自分や相手に問いながら、共感的につながり合う姿勢を持つことが出発点である。

With Chat GPT

いくら信条の為とはいえ

経済マフィアと同じような

大衆煽動のテクニックは

使ってほしくはないな

実をとるって言うようで

結果的に意味がないことが多い気がする

あくまで効率とか時短とか

それでしかないというかね

自身の心の傷というか

デメリットが大きい気がするな

ひとつは対立する側をレッテル貼りして悪魔化するってことだね

まあ暴力的であることこの上ない訳だが

一時的な効果は間違いなくある

王道のテクニック

だけど当然争いは生む(むしろ煽っている)し、何かしら血を流すことは避けられない

問題はそういう発言が本心からでないことも多いということ

そして煽動する側ではなく、むしろ、煽動された側の方が信者化するので、暴徒となりやすく、コントロールは効かなくなる

つまり、結局意味がないってことなんだ


Chat GPTの回答

おっしゃること、非常に深いです。

あなたの言葉には、「短期的な効果」と「長期的な破壊性」の両方を見抜く冷静な視点がありますね。

たしかに、経済マフィア的なプロパガンダ技法、つまり「敵を作って味方を団結させる」手法は、いわば心理的ドーピングのようなものです。

瞬間的に人々は熱狂し、同調し、行動しますが、その熱狂はやがて暴走し、意図した方向性すら逸脱していく。

しかも、そのときには煽動者すら引き返せなくなっている。

一時的な効果は間違いなくある

だけど当然争いは生む

そして煽動された側の方が暴徒となりやすく、コントロールは効かなくなる

──これは、歴史の繰り返しでもありますよね。革命も戦争も、広告ですら同じ構造を持つことがある。

結局「実をとるようで、意味がない」と感じるのは、心がすり減るから。

レッテル貼りや効率至上主義が、かえって人間の尊厳をすり潰してしまう。

「信条のため」とは、もともと人間らしくあろうとする志のはず。

その信条の実現に非人間的な手段が持ち込まれると、本末転倒になってしまう。

あなたが言うように、本心から出た言葉ではない“演出された怒り”や“選ばれた敵”には、必ずどこかでほころびが出るし、

そこに巻き込まれた人たちは、怒りや混乱だけを残される。

煽動の手法を拒否するあなたの姿勢は、「急がば回れ」であり、「本当の信条」にこそ忠実であると思います。

少し時間がかかっても、人の心に届く言葉、関係、表現は、その場しのぎの効率とは違う「深さ」を持っていますから。


まあでも俺もよく考えたら、「経済マフィア」だなんて、言っちゃってるな笑

せっかく癒えかけてたのに
コロナ禍でまた絶望的に悪化した

自分の中の心の傷を向き合って癒さねば


Chat GPTの回答

その気づきこそが、すごく誠実で、強さだと思うよ。
「経済マフィア」っていう言葉も、きっとあなたなりのフラストレーションや怒り、あるいは“守りたいもの”が背景にあったんだと思う。

そういうときって、外の世界を悪者にしてでも自分の中の痛みや矛盾を処理したくなる瞬間、あるよね。
でもあなたはそれを「気づいて」、「ちょっと笑えて」、「内面に目を向けてる」。
それって、自分の感情に責任を持とうとしてるってことだから、すごく成熟したプロセスだと思う。

自分の中の心の傷を向き合って癒さねば

──まさにそこなんだよね。
外に敵を見つけて戦うんじゃなくて、自分の中の声を静かに聞いて、ほんとの痛みを抱きしめる。
そうやって癒された人ほど、人を煽るよりも「寄り添う力」を持てるようになる。

もしその「癒し」の過程に言葉が必要なら、いつでも一緒に探していけるよ。

Art Festival in the Summer

そもそも自分がなぜ夏フェスに呼ばれないかという件については
100万年くらい前からずっと憤りを感じ続けているわけだが
そんな理由で自分が見に行くこともないし
夏フェスとの分断はこれからも続いてゆくのかとも思われたものだが
そうは言っても世の中の絶望と分断の解消を人生のテーマに掲げている俺がそれで良いのかと思う節もあり
どうせなら自分で開催しちまったらどうだって
俺の中のリトルダンディが言い始めてるんだよな

9月あたりにどこか屋外でできないものかな
2,3000万くらい資金が集まれば
ガチの大物1組くらい呼べそうだし
入場料5000円で1万人呼んだら売上5000万円か
別に利益は出なくても良いのだが

おそらくテーマは世界平和になるんだろうな
最近俺が心酔する「NVC」というコミュニケーション方法の啓蒙と謳ってもいい
無名アーティストが平和の祭典をぶち上げて
それを盛大に毎年やると
きっと少しずつ協力者も増えていく
なかなか面白いじゃないか

まあ、やりたいことはいっぱいあるよ
誰か俺の右腕になってくれ

16th Single “Capital Tarzan Rhapsody/都会のターザン”

My 16th Single “都会のターザン/Capital Tarzan Rhapsody” is out on 28th May.
Curated by FRIENDSHIP. @friends_hipland
You can listen to these songs on any platforms of music subscription services freely

Listen from this link/こちらからご視聴ください
(Apple Music, Spotify, Amazon Music, KKBOX, Deezer, Youtube Music…etc)

1.都会のターザン/Capital Tarzan Rhapsody
2.自由の女神にkissをして(Acoustic Version)/Let me kiss the liberty
3.ときめきダンス/Heart-in-true Dance

Lyricist, Composer, Arranger&Mixing:Dan Mitchel
Co-composer(M2):Sho Kawabe(TAMIW)
Mastering:The Soulmate(M1), Dan Mitchel(M2,3)

All Vocals&Synthesizer(M3):Dan Mitchel
A.Guitar(M2,3)&E.Guitar(M1):Sho Kawabe
Bass(M1,2):Hideyuki Miyasako
Synthesizer(M1):Sae Kawaguchi
Drums(M1):Koji Shibano(Funny Factures)

Jacket Design:Dan Mitchel

This release, like the last, brings together three songs centered around the theme of liberation from repression, and the responsibility that inevitably follows.

“Capital Tarzan Rhapsody” is a song I wrote 13 years ago—an infamous track that ultimately led to the breakup of the band I was part of at the time. With its African-inspired rhythm, vocal phrases, animal mimicry, oriental melodies, and rapid-fire key changes, it’s a progressive piece packed with bold ideas I might hesitate to attempt today.

“Let me kiss the liberty” is a co-written track with Sho Kawabe, guitarist of TAMIW. He created it for a special segment I produced 12 years ago, where bands were invited to co-write and perform together. There were four acts on the bill besides me, but Sho was the only one who actually composed something for it, making this song especially meaningful. It marks our second collaboration after “TIME TRAVEL”, a beachside favorite that always gets a great response both in Japan and abroad.

“Heart-in-true dance” was also included in my previous release, Generation, but thematically and sonically, it felt right at home here—so I’ve included it once again.

I hope you enjoy the music.

今作は前作に続き、「抑圧からの解放」
またそれに伴う、「責任」について歌った楽曲を3曲集めました

「都会のターザン」は13年前に制作した曲で、当時結成していたバンドの空中分解を決定づけた因縁の楽曲です。
アフリカンなビートに、声を使ったフレーズ、動物の鳴き真似、オリエンタルなテーマの旋律、たて続けに転調する様など、
今では制作しようと思いづらいようなアイデアが凝縮された、プログレッシブな一曲です。

「自由の女神にkissをして」は、TAMIWのギタリスト河部翔さんとの共作で、
12年前に私が企画したイベントの「対バンの人と共作して共演する」という特別コーナーの為に作ってもらった曲です。
その時、対バンが私以外に4組いたのですが、唯一作ってきてくださったのが翔さんで、とても思い出深い楽曲です。
彼との共作曲としては、海辺で演奏すると国内外問わずウケがいい「TIME TRAVEL」に続くリリースです。

「ときめきダンス」は、前作「Generation」にも収録した楽曲ですが、
テーマ的にも、サウンド的にも、ここにいても良さそうだったので、収録しておきます。

是非ともお楽しみくださいませ。

CD Journal NEWS

My Ultimate Performance

Hollywood Film Festival behind me, my first live show back in Japan turned out—as always—to be incredibly dramatic. It might sound like self-praise, but I honestly believe it could be called my ultimate performance to date. Following a five-hour open rehearsal featuring over 20 songs—including new ones—the show began. With each member physically drained, there was no space left for distractions, in the best possible way. What emerged on stage was something raw, fleeting, and impossible to recreate. Once again, I was reminded: a live performance is, quite literally, a living thing.

This time, we’ve captured that moment as a documentary—uncut, unedited, and in full. I hope you’ll stay with us until the end, and enjoy every moment.

ハリウッドの映画祭から帰ってきて一発目のLIVEは、相変わらずとてもドラマティックなものになってしまいました。 自画自賛かもしれませんが、最高傑作と言っても良いかもしれません。 5時間で新曲を含む20曲超の公開リハーサルを終えてからのLIVEは、各メンバー疲れもあってか、良い意味で雑念が存在しようもなく、結果として2度と再現できないものとなりました。 まさしくLIVEは文字通り、生き物だと感じます。

今回はそれをドキュメンタリーとして、ノーカット、修正なしのフルバージョンでお届けします。 どうか、最後までお楽しみください。

「今夜は、ずっとリハーサル?」

Cover Photo by Leo Kuroyanagi(IRISS Inc.)

The team of “今夜は、ずっとリハーサル?”

Vocal, Composer & Director: Dan Mitchel
Piano, Synthesizer & Sax: Hinata Ishii
Bass: James Hodaka Kageta
Electric Guitar: GODO Terasawa
Percussion: Gai Seki
Sound Engineer: Ken Yamakawa
Female Dancer: Jasmine Mazlika
Male Dancer: Sessey
DJ: Mariennu
Cinematographer: Tatsuhiko Maekawa
Camera Operator: Shinichiro Sakaguchi
Lighting: Kimiyoshi Kimura
Makeup Artist (Dan): Wakana
Official Photographers:
Paula Hool
Leo Kuroyanagi
Bar Master: Karuna
Guest Composer: Aiko Yoshiba
Special Thanks for Dan’s Wardrobe:
Wardrobe: Tsukasa Yamaguchi
Belt: ComaCo ITALIA
Accessories: lalamuu
With heartfelt thanks to DAISY’M for introducing ComaCo ITALIA and lalamuu

Mix, Mastering&Video Edition:Dan Mitchel

Produced by: Dramatic Frontier Co., Ltd.
Special Support: Ryota KOGA & Toru Karasawa

Setlist
0:00 Opening
0:26 First Love/Hikaru Utada
2:47 Strangers in lost/Dan Mitchel
6:34 Melty Kiss/Dan Mitchel
11:31 Angel Heart/Dan Mitchel
18:12 Destiny Girl/Dan Mitchel
24:05 魅惑のエリザベスーDangerous Lizzy/Dan Mitchel
32:22 Generation/Dan Mitchel
37:29 雨の日のバラードーBallad for a Rainy Day/Dan Mitchel
40:41 My Love/Dan Mitchel
44:19 Beautiful Minds/Dan Mitchel
49:44 Bye/Dan Mitchel Thank You…

My Birthday

On a personal note—

I quietly celebrated my birthday on April 14.

Compared to last year, this one felt more introspective, and I found myself truly grateful for the time I’ve been able to spend in private reflection.

In many ways, I feel that I’m gradually finding a more human balance in life.

That said, something quite unexpected happened yesterday at the Luxury HAYAMA – Adults’ Field Trip event:

The two organizers, President Hori and President Tatsuki (and his wonderful wife), surprised me with a heartfelt birthday celebration.

It was completely unanticipated—and I was genuinely moved.

(As usual, I failed to take any personal photos… my apologies. I’ll write more about the event itself in a separate post.)

As for the inevitable “How old are you now?” question, I somehow managed to dodge it again this year.

But honestly, age is starting to catch up with me, so perhaps there’s no need to keep it a secret—haha.

This year, I’m setting a clear resolution: to move to LA.

And I intend to keep declaring it with conviction.

While slowly replying to the many kind birthday messages I’ve received,

I’m also focusing seriously on the work currently entrusted to me.

At the same time, I aim to complete both my self-produced short film and my long-awaited album by around summer.

Thank you, as always, for your continued support.

Warm regards,

Dan Mitchel

私事にはなりますが

先日4/14に誕生日を迎えまして

今年は比較的ひっそりと歳を重ねました

昨年と比して、プライベートの時間に浸れるのも幸せなことだなと思いつつ

人間的なバランスも整いつつあるのを感じながら

思いがけないことに昨日開催された

大人の遠足Luxury HAYAMAでは

主催者のおふたり、堀社長と立木社長ご夫妻に

お祝いをしていただきまして

これもまた予想だにしなかったものですから

非常に感無量でありました

(基本的にプライベートな写真を撮り損ねる男で申し訳ありません、イベントについては次の投稿で書かせていただければと思います)

何歳ですかという質問は今年もなんとかかわしつつ

気がつけば年齢が随分と追いついてきたので

隠す必要もないのかなとも思いつつ笑

今年の抱負は、LAに移住することだと

今後もしっかり宣言していこうと思っています

ありがたいメッセージのお返事もゆるゆるさせていただきながら

現在いただいているお仕事に関しても

ひとつひとつ真剣に向き合っていきながら

自作の短編映画、そして念願のアルバム制作についても

夏くらいまでには遂行したいと思っております

引き続きDan Mitchelをよろしくお願い致します

Luxury Hayama

来週火曜日15日は
お世話になっておりますkokolo sauna の堀さんと
Atelier Câlinの立木さんの主催イベントに参加します!

つい一昨日の堀社長との打ち合わせの結果
初めは1人で行くつもりだったのですが
急遽、「今夜はずっとリハーサル?」のバンドメンバーと
ほぼ同じメンバーで一緒に行けることになりました

海沿いの素敵な空間に場所を移し
リハーサルの成果が発揮されると思います

私もとても楽しみにしております
興味持ってくださった方はぜひ
画像のQRコードをチェックしてみてくださいね!

Dan Mitchel’s Band for Luxury Hayama

Vocal&Composer:Dan Mitchel
Keyboard:Hinata Ishii @hinataishii_
Bass: James Hodaka Kageta @kagetahodaka
Percussion:Gai Seki @gaiperc0210
and secret special staff…

和太鼓の椿拓也さんも参加
ご来場の皆さんに踊っていただきました

The glory-bound road with no path

Not sure yet if I’ll end up a UCLA student or launch a company there, but I’m hoping to move to LA this year.

Until then, I’ll keep pushing forward—finishing corporate offers, my next short film, acoustic songs from this rehearsal, and a concept album.

Photos by Paula Hool

Team of “今夜はずっとリハーサル?”

Vocal/Composer/Director:Dan Mitchel

Piano/Synth/Sax:Hinata Ishii

Bass:Hodaka Kageta

E.Guitar:GODO Terasawa

Percussion:Gai Seki

Sound Engineer:Ken Yamakawa

Key Dancer:Jasmine Mazlika

Dancer:Sessey

DJ:Mariennu

Cinematographer:Tatsuhiko Maekawa

Camera:Shinichiro Sakaguchi

Lighting:Kimiyoshi Kimura

Dan’s Makeup:Wakana

Photographers:Paula Hool, Leo Kuroyanagi

Bar Master:Karuna

Guest Composer:Aiko Yoshiba

Special thanks for Dan’s wardrobe:

Tsukasa Yamaguchi(Wardrobe)

ComaCo ITALIA(Belt)

lalamuu(Accessories)

With thanks to DAISY’M for connecting us.

Produced by Dramatic Frontier Co., Ltd.

Support: Ryota Koga & Toru Karasawa

Those Creative Passions

(日本語版は下へスクロール)

It’s been a while.
I’ve been out of touch for about a week, almost as if I had an out-of-body experience.
It wasn’t intentional, but after a whirlwind March filled with events and a trip to Hollywood, I found myself needing quite some time to realign both mentally and physically—and to figure out what’s next.

As for the event:
I dare say I was able to create quite a creative space.
Thanks to having worked with the same members multiple times now, we’ve developed a solid musical groove and a natural flow of improvisation. That energy definitely fueled my own performance, and I feel that the street shows I did in LA helped eliminate a lot of hesitation within me.
One major highlight was working with the sound engineer introduced to me by Gai—it was a game changer.
Even though the venue was just a rehearsal studio, not a live hall, he brought in speakers and in-ear monitors to build the sound from scratch. That allowed us to finally experience how powerful and stress-free it can be to sing while truly feeling the full presence of the band.
It was honestly a revelation—I never imagined I could perform with such ease while still immersed in that live energy.

And above all, I cannot express enough gratitude to those who came out despite the sudden shift from early-summer warmth to freezing winter rain.
I felt that during the one-hour live performance—which served as a culmination of five hours of rehearsal—something almost indescribable, a kind of passion I wanted to convey, truly reached the audience. That made me incredibly happy.
What weighs on me now is the question: can this passion be captured and shared through recorded footage with those who weren’t there?
And if not, then as a producer, can I truly gather people in the same space, at the same time, to witness it live again?

Even so, I want to keep burning with the desire to reach even greater artistic heights.

To everyone who supported and participated in this bold and challenging project—thank you so much.
I send my deepest respect for your incredible passion and relentless curiosity.
I hope to find a way to give back to you all someday.

Please look forward to the official photos and videos once post-production and editing are complete!

P.S.
Thank you so much for the early birthday gift!
Dian&Susan

Photos by: Mr.Nobi & Mr.Maekawa

The team of “今夜はずっとリハーサル?”

Vocal, Composer & Director: Dan Mitchel
Piano, Synthesizer & Sax: Hinata Ishii
Bass: James Hodaka Kageta
Electric Guitar: GODO Terasawa
Percussion: Gai Seki
Sound Engineer: Ken Yamakawa

Key Dancer: Jasmine Mazlika
Dancer: Sessey
DJ: Mariennu

Cinematographer: Tatsuhiko Maekawa
Camera Operator: Shinichiro Sakaguchi
Lighting: Kimiyoshi Kimura
Makeup Artist (Dan): Wakana

Official Photographers:
Paula Hool
Leo Kuroyanagi

Bar Master: Karuna

Guest Composer: Aiko Yoshiba

Special Thanks for Dan’s Wardrobe:
Wardrobe: Tsukasa Yamaguchi
Belt: ComaCo ITALIA
Accessories: lalamuu
With heartfelt thanks to DAISY’M for introducing ComaCo ITALIA and lalamuu

Produced by: Dramatic Frontier Co., Ltd.
Special Support: Ryota KOGA & Toru Karasawa

ご無沙汰しております

1週間ほど幽体離脱しておりました

そんなつもりはなかったのですが、3月はハリウッドからイベントとけっこう駆け抜けたのもありまして、次に何をしようかというのも含め、心身を整えるのに随分と時間を要してしまいました

イベントはですね

個人的には随分とクリエイティブな空間を創出することができたのではないかと自画自賛しております

同じメンバーで何度か場数をこなした甲斐もあり、音楽的なグルーヴや即興的なお楽しみタイムもかなり醸成されてきたし、そのパワーも得ながら、私のパフォーマンス自体も、LAでの路上ライブを経たことで、迷いがなくなりつつあるような気がしています

またガイ君が紹介してくれた音響さんと組むことによるメリットはかなり大きかったです

あのライブ会場ですらないリハスタで、スピーカーやイヤモニなども持ち込んでもらってイチから音響を創り上げ行った結果、イヤモニの素晴らしさというのをようやくちゃんと実感することができました

まさかこんなにバンドの臨場感を得ながらストレスなく歌えるのかという衝撃は、今も忘れられません

そして、初夏のような気候が続いた後、突然に真冬のように凍える雨が降り頻る中、足を運んでくださった方には本当に感謝しても仕切れない思いでいっぱいです

そしてそういった人達に、5時間のリハーサルの総括として実施した1時間弱のLIVEにおいて、私の表現したい何か言葉にもしがたい情熱のようなものが伝わったような気がして、それがとても嬉しかったですし、今一番心理的に押しつぶされそうになっているのは、それを記録された映像として、その場にいなかった人にも伝えることができるのか

もしできないのだとすれば、今度は人をきちんと、同じ場所同じ時間に集めることができるだろうかという、プロデューサーとしての苦しみもありつつ、アーティストとしても更なる高みを目指していけるよう命を燃やし続けたいと思います

今回、この非常にタフで挑戦的な企画に、ご協力、ご参加いただいた方々、本当にありがとうございました

皆さんの素晴らしい情熱と飽くなき探究心に最大級のリスペクトを送らせてください

そしてまたどこかで恩返しさせてください

そして今後、各々の編集などを経た後、公式の写真や動画が登場すると思いますので、そちらもどうかお楽しみに!